だんごびぼうろく

都内20代の思ったことをつらつらと。居なくなった後、誰かが見てくれるといいな

第一回方向転換In社会人生

キャリアを少し変えることになりました。それに合わせて学生時代からの復習を。

 

学生時代は営業をして、インターンでは運用とイベント企画をしたり、そのあと人材紹介でバイト(?)をしたりした上で今の世界に入ってきていたんですが、最終的にやりたいことをする(できる)組織へ移動させていただくことになりました。

それもあって、巷でよく聞く退職エントリ的な書き方で自分の短いキャリアを考え直してみようかと。

 

前の組織について

とてもいい組織でした。本当にそう思います。

人間的にできた人達に囲まれて、

「新卒生え抜きなんだから大事にしないと。所属とPJTも完全一致で、今後同じお客さんを対応してもらうことになるかもしれんのだから」と大事に育てられていたのじゃないかなと今でも思います。

本当に当時は「言うこときくけど遅い」「手戻りが多い」「定形業務にはやる気をあまり出さない」な、「THE COST」なメンバーだった自覚があります。今振り返ればホントあんな後輩むちゃんこめんどくさい。そんなやつでしたが本当に彼らに暖かく育てていただいたと思います。The waterfallな考え方、絶対に間違えちゃダメ、後戻りが聞かない仕事ってこんなに緻密に計画するんだなぁと思ったし、決定事項の握り方とかもかなり面白く、外注するとこういう所にお金使われてるんだなぁと内部から学べる経験だったと思います。本当にいい経験をさせていただきました。

加えて、同期は院生、外国出身同期x2、院生先輩、同年齢上司、毎年昇進優秀上司など、いろんな方が居てとてもおもしろかった。ただただ皆仕事大好きなのかそもそも部外に興味が無いのかPJTが死ぬほど忙しいのか、オフで合うことは2回くらいしかなかったです(飲み会も含めても5回くらい)。そんなちょっと離れた距離感だったけども、今となっては本当に感謝しています。議事録で気をつけるところを指摘してくれた絶対にキレないMGR、The育ちいい系スマート男子の先輩、遊び好きなのか落ち着いてるのかわからない3こくらい上の上司と、本当に”仕事をどう進めたらいいよ”的なお作法と早くするやり方を教えて頂けて幸せでした。

ただしキャリアカウンセラーとの面会、キャリアについて考える機会の少なさはなんとかならなかったのかと今でも思う。みんな積極的に”キャリア相談してるよ!”ってなんとなく見える組織だったら自分も言えたのかもなぁ、。

 

PJTの切り替わりのタイミングがあったことと、後半「つぎ何するんだろうなぁ、SAPやだなぁ」と思いながらそのオーラを出しながら仕事をしていて(この時期が一番扱いづらい人材だったと思う)、無事放逐されました。

組織から放逐されて「次にどこいくの?」ってタイミングでちょっと社内でカリカリ動いて今役割のPJTに割り当てていただきました。感謝。

 

その後はなんかそれまでと全く違う、海外案件を遠方にいる上司と遠方にいる同期と、リモートでする仕事でした。とりあえず基本家でできるようになったので、「これ働いてるって言えるのか」ってわかんなくなるレベルで仕事と生活が曖昧な感じになっています。(その生活もはや半年、。たまにはオフィスも行くけど、。)

上司がとても優秀な方で、「PJT内であんたら放逐するから勝手に握ってやってくれ、ただ困ったらさっさとアラートあげてね」って方で完全に仕事を投げてくれていたので、自由に考えながら仕事ができたのが良かったです。それのおかげで「こんな前提あったんだけど君のやり方だと他のところに跳ねるね」と怒られることもありましたが、まぁ経験経験。(...迷惑おかけしましたm(_ _)m)

先輩に大事に育ててもらい、放任主義でさせて頂いたおかげもありシステムがある程度自分が握って話せるようになった&このテーマでの仕事を続けたいと思える仕事に現在ついている、なのでそのテーマのできる所属へ移ることになりました。嬉しい。

 

大きな村でしっぽりやったり、チームのリーダー務めるのは正直キャラ的に難しいので、最初は小さい組織で裁量握りながら、同僚に指示出ししながら仕事をしていきたいと思います。後は、後輩育成。

 

比較的に仕事できるようになったけど、考えるより先に手を動かしてしまって、そのまま作業を終えてしまうことがかなり多いので、これからTask管理(自身の)は、マイクロマネジメントで小さくPDCA回しながらしていこうと思います、。

 

 

長くなりましたがここまで。

 

🍡